横浜地方裁判所 昭和56年(レ)8号 判決 1986年2月26日
控訴人
川島小太郎
右訴訟代理人
竜嵜喜助
長瀬幸雄
被控訴人
田代繁
右訴訟代理人
貝塚次郎
主文
一 原判決を取消す。
二 被控訴人の本訴請求(当審追加請求分も含めて)を棄却する。
三 別紙図面記載の(イ)・(ハ)・(ニ)・(ホ)・(ヘ)・(ト)・(チ)・(リ)・(ヌ)・(ル)・(オ)・(ワ)・(カ)・(ヨ)・(ナ)・(タ)・(レ)・(ソ)・(ネ)・(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地が控訴人の所有であることを確認する。
四 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録一記載の土地につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
五 訴訟費用は本訴、反訴を通じ、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
主文同旨(但し、主文四項は当審で追加請求)
二 被控訴人
1 本件控訴および当審で控訴人が追加変更した請求を棄却する。
2 控訴人は被控訴人に対し別紙物件目録三記載の建物のうち別紙図面記載の(イ)・(ロ)・(キ)・(レ)・(ソ)・(ネ)・(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地上にある部分及び同地上に植栽されている別紙樹木目録記載の各樹木を収去して同土地を明渡せ(当審において減縮変更)。
3 控訴人は被控訴人に対し、金八七万三、六一二円及び昭和五七年一月一日から前項の明渡し済みに至るまで一か月金一万四、三四一円の割合による金員を支払え(当審において追加変更)。
4 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 当事者の主張
一 本訴について
1 請求原因
(一) 別紙物件目録一記載の土地(以下、六九番四という)はもと訴外芝崎勝五郎(以下、訴外芝崎という)の所有であつたところ、昭和三年七月一二日、訴外伊藤万大郎(以下、訴外伊藤という)が競落により、同年八月九日、訴外相田トモ(以下、訴外トモという)が売買により、同三四年二月七日、訴外相田智治(以下、訴外智治という)が相続により、同四九年九月四日、被控訴人が競落により、順次その所有権を取得した。
(二) かりに(一)のうち訴外伊藤、同トモの取得原因が認められず、訴外梅森米加勒(以下、訴外梅森という)が六九番四の取得者であつたとしても、訴外梅森は訴外トモが六九番四の所有登記名義を有することを知りながら是正措置をとらずにこれを放置し、訴外梅森より同土地を買受けた控訴人も訴外トモおよび同人より相続を原因として六九番四の所有登記名義人となつた訴外智治の虚偽登記を放置していたところ、被控訴人は右智治名義の登記を信頼して善意で六九番四を競落したのであるから、控訴人は民法九四条二項の類推適用により、被控訴人に対し、訴外トモ、同智治の所有権を否認し、自己の所有権を主張することができない。
(三) 六九番四は別紙図面記載の(イ)・(ロ)・(ハ)・(ニ)・(ホ)・(ヘ)・(ト)・(チ)・(リ)・(ヌ)・(ル)・(オ)・(ワ)・(カ)・(ヨ)・(ナ)・(タ)・(レ)・(ソ)・(ネ)・(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地(以下、本件係争地という)である。
(四) ところが控訴人は被控訴人が右の範囲の六九番四を所有していることを争い、かつ昭和五〇年四月三日以前から別紙図面記載の(イ)・(ロ)・(キ)・(レ)・(ソ)・(ネ)・(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地(以下、本件占有地という)上に別紙物件目録三記載の建物(以下、本件建物という)の一部(約五七・三五平方メートル)及び別紙樹木目録記載の樹木を所有して同土地を占有している。
(五) 本件占有地の賃料相当額は昭和五〇年四月三日以降同五二年三月三一日までは二〇万五〇六二円(一か月一平方メートル当り三〇円)、同年四月一日以降翌五三年三月三一日までは一二万三、九〇〇円(一か月一平方メートル当り三六円)、同年四月一日以降翌五四年一二月三一日までは二三万四、九〇六円(一か月一平方メートル当り三九円)、翌五五年一月一日以降同五六年一二月三一日までは三〇万九、七四四円(一か月一平方メートル当り四五円)(以上の合計は八七万三六一二円)、翌五七年一月一日以降は一か月あたり一万四、三四一円(一平方メートル当り五〇円)である。
(六) よつて、被控訴人は控訴人に対し、被控訴人が前記範囲の六九番四を所有することの確認、本件占有地上の本件建物及び前記樹木の収去、本件占有地の明渡し、金八七万三、六一二円及び昭和五七年一月一日から右明渡しずみに至るまで一か月一万四、三四一円の割合による賃料相当損害金の支払いを請求する。
2 請求原因に対する認否
その(一)のうち六九番四がもと訴外芝崎所有であつたことは認めるが、その余は否認する。なお訴外トモは昭和四年、本件係争地を占有していた訴外梅森に対し、六九番四の所有権を主張して妨害排除障害物取除工事差止請求訴訟を提起したが(横須賀簡易裁判所昭和四年(ハ)第二〇号)、第一審でその請求を棄却され、昭和六年九月三〇日、その控訴審(横浜地方裁判所昭和五年(レ)第六七号)において、右両名間に、六九番四である本件係争地が訴外梅森所有であることを確認する旨の裁判上の和解が成立した。
従つて訴外トモの相続人である訴外智治より競落により六九番四を取得した被控訴人は訴外梅森の特定承継人である控訴人に対し、右和解の効力上、訴外トモが六九番四の所有者であることを主張することは許されない。
その(二)は否認する。
その(三)のうち別紙図面記載の(マ)・(ヤ)・(ク)・(ヲ)・(ノ)・(ヰ)・(ヘ)・(ト)・(チ)・(リ)・(ヌ)・(ル)・(オ)・(ワ)・(カ)・(ヨ)・(ナ)・(タ)・(レ)・(ソ)・(マ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地が六九番四であることは認めるが、その余は否認する。その余の土地は後記のように控訴人所有の別紙物件目録四ないし六記載の土地の一部である。
その(四)、(五)は認める。
3 抗 弁
(一) 控訴人は昭和三〇年三月二八日以降二〇年間、本件係争地を占有したから、同五〇年三月二九日、同土地の取得時効が完成し、その所有権を取得(反面、被控訴人はその所有権を喪失)した。
(二) 仮に(一)が認められないとしても、控訴人は昭和二八年三月二八日以降二〇年間、本件係争地を占有したから、同四八年三月二九日、同土地の取得時効が完成し、その所有権を取得(反面、被控訴人はその所有権を喪失)した。
(三) 控訴人は本訴において右各時効を援用する。
4 抗弁に対する認否
その(一)、(二)は否認する。
5 抗弁(二)、(三)に対する再抗弁
被控訴人は請求原因(一)のように、取得時効完成後である昭和四九年九月四日、訴外智治より競落で本件係争地すなわち六九番四を取得した。
6 再抗弁に対する認否
否認する。なお時効により土地の所有権を取得した者は、登記がなくても、その取得を第三者に主張することができる。
7 再々抗弁
(一) 被控訴人は本件係争地につき控訴人の取得時効が完成していることを知りながらこれを取得したものすなわち背信的悪意者であるから、控訴人は登記がなくても時効取得を被控訴人に主張することができる。
(二) そうでなくても、金融業者である被控訴人は登記についての控訴人の無智に乗じて本件土地を競落したものであり、本訴において登記の欠缺を主張するのは権利の乱用に当る。
8 再々抗弁に対する認否
その(一)、(二)は否認する。
二 反訴について
1 請求原因
(一) 別紙物件目録四ないし六記載の各土地(以下、いずれも地番で表示する)は控訴人の所有である。
(二) 六九番四はもと訴外芝崎の所有であつたところ、訴外山田安治(以下、訴外山田という)が大正一五年七月、売買により、訴外梅森が昭和四年四月、売買により、訴外鈴木勇(以下、訴外鈴木という)が同二三年七月、売買により、そして同二八年三月二八日、控訴人が売買により順次その所有権を取得した(なお本訴請求原因(一)に対する認否で主張の和解の効力上、被控訴人は訴外梅森が六九番四の所有者であることを争うことができない)。
(三) 別紙図面記載の(イ)・(ム)・(ラ)・(ネ)・(イ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地(以上、甲土地部分という)は六九番八の一部であり、同図面記載の(ネ)・(ラ)・(ム)・(ウ)・(ヤ)・(マ)・(ネ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地(以下、乙土地部分という)は六九番七の一部であり、同図面記載の(ウ)・(ハ)・(ニ)・(ホ)・(ヰ)・(ノ)・(ヲ)・(ク)・(ヤ)・(ウ)の各点を順次直線で結ぶ範囲の土地(以下、丙土地部分という)は六九番六の一部であり、その余の土地(以下、丁土地部分という)は六九番四である。
(四) 控訴人は昭和三〇年三月二八日以降二〇年間、本件係争地を占有したから、同五〇年三月二九日、同土地の取得時効が完成し、その所有権を取得した。
(五) 仮に(四)が認められないとしても、控訴人は昭和二八年三月二八日以降二〇年間、本件係争地を占有したから、同四八年三月二九日、同土地の取得時効が完成し、その所有権を取得した。
(六) 控訴人は本訴において右各時効を援用する。
(七) ところが、被控訴人は六九番四につき所有権移転登記を経由し、本件係争地が控訴人の所有であることを争つている。
(八) よつて、控訴人は被控訴人に対し、本件係争地が控訴人の所有であることの確認及び六九番四について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることを請求する。
2 請求原因に対する認否
その(一)は認める。
その(二)のうち六九番四がもと訴外芝崎の所有であつたこと及び和解の成立は認めるが、その余は否認する。
その(三)は否認する。本件土地はすべて六九番四である。
その(四)、(五)は否認する。
その(七)は認める。
3 抗 弁
(一) 本訴請求原因(二)のように、控訴人は被控訴人に対し六九番四の所有権を主張することができない。
(二) 被控訴人は本訴請求原因(一)のように、取得時効完成後である昭和四九年九月四日、訴外智治より競落で六九番四を取得した(請求原因(五)、(六)に対する抗弁)。
4 抗弁に対する認否
その(一)は否認する。
その(二)は否認する。なお時効により土地の所有権を取得した者は、登記がなくても、その取得を第三者に主張することができる。
5 再抗弁
(一) 本訴再々抗弁(一)のように、被控訴人はいわゆる背信的悪意者である。
(二) 本訴再々抗弁(二)のように、被控訴人の登記欠缺に関する主張は権利の乱用に当る。
6 再抗弁に対する認否
その(一)、(二)は否認する。
第三 証 拠<省略>
理由
第一本訴の当否
一請求原因(一)のうち訴外芝崎が六九番四を所有していたことは当事者間に争いなく、被控訴人は、六九番四の所有権につき、訴外芝崎より訴外伊藤より訴外トモへの特定承継、訴外トモより訴外智治への相続、訴外智治より被控訴人への特定承継を主張するところ、訴外トモが昭和四年、本件係争地を占有していた訴外梅森に対し、六九番四の所有権を主張して妨害排除障害物取除工事差止請求訴訟を提起し(横須賀区裁判所昭和四年(ハ)第二〇号)、第一審でその請求が棄却され、昭和六年九月三〇日、その控訴審(横浜地方裁判所昭和五年(レ)第六七号)において右両者間で、六九番四である本件係争地が訴外梅森所有であることを確認する旨の裁判上の和解が成立したことは当裁判所に顕著な事実である。
そうすると、右和解の効力(民訴法二〇三条、二〇一条一項)上、被控訴人は後記のとおり六九番四につき訴外梅森の特定承継人というべき控訴人に対し、右和解に反し、訴外トモが六九番四の所有者であることを主張することは許されないから、請求原因(一)は、訴外芝崎以降の所有権移転について検討するまでもなく、失当である。
二以下、請求原因(二)について検討する。
<証拠>によると
1 訴外芝崎は大正一四年、六六番四につき抵当権を設定したが、右抵当権設定登記は誤つて六九番四の登記簿上になされ、その販売開始決定、その後の訴外トモまでの権利移転もすべて六九番四の登記簿上に記載された。
2 他方、六九番四は訴外芝崎から反訴請求原因(二)のような経緯で控訴人に転々所有権が移転したが、右記のように六九番四の登記簿には六六番四についての権利変動が登記されていたため、六九番四についての権利変動は六六番四の登記簿上に記載され、昭和二八年三月二八日、訴外鈴木から六九番四を買受けた控訴人は訴外鈴木との売買契約書に売買対象地が六六番四と記載され、また訴外鈴木から六六番四の実測図(乙第六号証)を受取つたため、右登記の誤りに全く気づかず、むしろ六六番四の旧地番が二八五番イ号の二であり、従来より控訴人所有の六九番八の旧地番が二八五番イ号の一であつたため(控訴人は六九番八の東南側隣接地として本件係争地を訴外鈴木より買受けたのである)、本件係争地の地番につき二八五番イ号の二(六六番四)という地番が正しいとさえ思つており、本件訴訟が原審に提起されて、右登記の誤りに気がついた。
3 昭和六年九月三〇日、前記和解成立後、訴外梅森、同鈴木、控訴人は前記登記の誤りにつき是正措置をとらず(控訴人は当審においてはじめて六九番四につき所有権移転登記請求をなした)、被控訴人は本件係争地は六九番四であり、六九番四は訴外智治の所有であると信じて、昭和四九年九月四日、これを競落したことが認められる。
しかし右認定の3の事実だけで民法九四条二項の類推適用があるとはいえず、その類推適用があるには六九番四の真の所有者が誤つた登記上の表示、外観を自ら作り出したか、そうでなくても右表示、外観を認識のうえ、これを承認していることをも要件とすべきと解するところ、少くとも控訴人が自ら右表示、外観を作り出したものでないことは前記認定から明らかであり、また控訴人が登記の誤りに長く気づかず、従つて是正措置をとりえなかつたことは前記認定のとおりであるから、控訴人は右表示、外観を認識承認していたといえず、従つてこのような場合には民法九四条二項の類推適用はないものというべきである。
請求原因(二)も失当である。
三そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の本訴請求はすべて理由がないことになる。
第二反訴の当否
一請求原因(一)は当事者間に争いない。
二請求原因(二)のうち六九番四がもと訴外芝崎所有であつたことは当事者間に争いがなく、その余の事実が認められること(また前記和解の効力上、控訴人は訴外梅森が六九番四の所有者であることを争えないこと)は前記のとおりである。
三<証拠>によると
1 六九番四(旧地番二八五番イ号の五)は明治四二年、六九番八(旧地番二八五番イ号の一)から分筆され、六九番六(旧地番二八五番イ号の六)は明治四四年、六九番四から分筆され、六九番七(旧地番二八五番の八)は昭和三年一二月二七日、六九番八から分筆された。
2 控訴人の先々代である川島太兵衛は明治の後期、六九番七、八地上に本件建物を建てて居住し、この建物は坂神利作に一時譲渡されたが、控訴人の先代川島辰五郎が再取得し、その後、一柳定吉が取得したが、大正一一年、控訴人が再取得した(なお本件建物は昭和八年、同四九年に改築され、控訴人は明治の後期から右建物に住んでいる)。
3 本件係争地は周辺の多くを傾斜地、崖、石垣に囲まれた山村を開墾したあとの東南から西北にかけて細長い実測面積約五九平方メートルの宅地であり、その西北方は半円形、東南方は矩形をなし、周辺土地との境界地点と目される数個所に石標、石柱があり、周辺土地との間に別段境界争いはなく、本件係争地西北側にある墓地(六九番五)も含めて、他の土地との区別は比較的判然としている。
4 前記のように昭和三年一二月二七日、六九番七が六九番八から分筆される直前、鈴木作太郎(鈴高土地測量事務所)は右分筆のため六九番六、七、八の実測平面図(乙第五号証)を作成したが、この平面図及びいわゆる旧公図を総合すると、本件係争地は六九番四、六、七、八に区画され、その位置はおおむね甲土地部分は六九番八の一部、乙土地部分は六九番七の一部、丙土地部分は六九番六の一部、丁土地部分は六九番四である(六九番四の公簿面積は六〇一平方メートルであるから、本件係争地(実測面積は前記のように約五九五平方メートル)の一部である丁部分の実測面積は右公簿面積を大きく下廻ることになるが、これは前記のように本件係争地がもと山林を数次にわたつて分割した土地から形成されていることに基づくものと推測される)
ことすなわち請求原因(三)が認められ、右認定に反する<証拠>は前記証拠に照らすと採用することができず、ほかに右認定を覆すに足りる証拠はない。
四請求原因(七)は当事者間に争いがない。
五抗弁(一)が採用できないことは前記のとおりである。
六そうすると控訴人の反訴請求はすべて理由があることになる。
第三結 論
以上の次第であるから、右と結論を異にする原判決を取り消し、被控訴人の本訴請求(当審で追加変更した分も含めて)を棄却し、控訴人の反訴請求(当審で追加した分も含めて)を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九六条前段を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官上杉晴一郎 裁判官田中 優 裁判官中村 哲)